
平和・文化・スポーツと幅広く活動されていた川杉元延さんが、去る8日に83歳でお亡くなりになりました。本号は、関係者の皆さんからの哀悼の辞を掲載する追悼特集とします。ご冥福をお祈りいたします。
東京大空襲犠牲者追悼・記念資料展実行委員会
茂木 孝孔
お身体を悪くされ、この一年余、入退院を繰り返しながら今年の東京大空襲資料展成功に向け実行委員会の会議をリードしてくださっていましたので、突然の訃報に驚きと残念な気持ちでいっぱいです。
毎年、台東区や区教委から共催や後援を受けることができたのは、川杉さんの平和に対する強い思いと誠実な対応によるものだと思っています。
今年の犠牲者追悼集会には参加できなかった川杉さんでしたが、挨拶文を用意していました。最後の一文を紹介します。
「私たちは戦争犠牲者に哀悼の誠をささげるとともに、再び惨禍を繰り返さないために、憲法9条を輝かせ、戦争による惨劇の実相を風化させず、平和の大切さを次世代につないで語りつなげます」。
安らかにお眠りください。
台東九条の会
木村 昭一
こんな日が来るなんて想像もしていなかったので、本当に愕然としています。
台東区の大空襲展は、区の後援、教育委員会の共催として毎年行われてきました。東京の中でも珍しい官民共同の事業です。
勿論私たちの先輩の努力で始まったことですが、それを維持するためには、年間を通して様々な準備を進めなければなりません。その時求められたのは、様々なところに人に、目配り気配りのできる人なのです。
また、僅か数日のうちに五千人を超える人が参加する行事も気を抜けません。川杉さんはまさに適任でした。おそらく、川杉さんの出版業界での前歴や下町人間の会で培われた文化人との付き合いなどがあったからだと思います。
そして大切なことは、台東区の皆さんで築き上げてきたこの運動と平和への思いを区民とともに実現していこうとする強い信念でした。この川杉さんの遺志を継いで頑張ろうと思います。有難うございました。
下町人間の会
吉田 幸子
いつまでも元気で活動して欲しかった。こんなに早くお別れが来るとは。昭和17年1月10日青梅市生まれ。童心社勤務後、下町人間の会長、東京大空襲展の実行委員長など歴任。いつも自分に厳しく人に優しい人だった。あの豪放磊落な笑顔はもう見られないのか? たいていの頼み事は聞いてくれた。人間が好きだったんだね。死ぬなんて選択肢はないんだよ。私が許さないよ。
平和への思いが強く、活動することを生きがいにしていた。それでいていつも質実剛健という訳でもなく、締める時は締め、ゴルフを楽しむ時は楽しむというメリハリのある時間の使い方をしていて見事でした。
責任感の強い方で、皆がやらない裏方の仕事を一手に引き受けてくれていた。
まさに巨星墜つの感。ご冥福をお祈りします。
